何者にもならない小市民

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『八月の六日間』 感想

空から降って来るのは、素朴なのに荘厳さを感じさせる光。色がそのまま音楽だった。

 

『八月の六日間』 北村薫

八月の六日間 (角川文庫)

八月の六日間 (角川文庫)

 

 

 

 

 

私の趣味のひとつとしてニコニコ動画TRPGプレイ動画を観ることがあります。

TRPGとは (テーブルトークロールプレイングゲームとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

TRPGは通常のロールプレイングゲームと違って、プレイヤー同士でのおしゃべりや掛け合いによって話の膨らみ方がいかようにも広がっていくのが面白いです。

 

ニコニコではメジャーとまではいきませんがそれなりに賑わっているジャンルで、日々新しい動画が投稿されていくのを楽しみに視聴しています。ちなみにゆっくり音声よりは肉声セッション動画を私は好みます。プレイヤーの反応やとっさの掛け合いの魅力をそのまま表現しているのが好きなんですね。

 

で、最近投稿されたTRPG動画で私が最も気に入っているシリーズがこちら。

www.nicovideo.jp

 

登山家の方たちが実際に山に登ってプレイしたクトゥルフ神話RPGで、未踏峰の山脈、通称「狂気山脈」に挑んで壊滅した第一次登山隊の後を追ってプレイヤー達第二次登山隊が登頂を目指しつつ第一次登山隊壊滅の謎を解き明かしていくというシナリオ。

シナリオの面白さはもちろん登山家ならではのネタを豊富に含んだ会話や幕間に挟まる実際の山の風景や登山の様子、小屋での食事などのシーンも魅力の1つです。

 

その動画をみているうちにむくむくと山に対する興味が湧いていたところ、本屋で目についたのがこの『八月の六日間』です。登山の本だし、北村薫だし、まさに今の私にはうってつけという感じ。そういうわけで買いました。

 

長い長い前置き終わり。

 

 

 

主人公「わたし」は40代の出版社勤務の編集者。同僚の藤原ちゃんに誘われたことをきっかけに山登りにハマり、以降何か心にモヤモヤを抱えた時には山へ登ることに。

 

山ではいろいろな人と出会います。男性2人組、助け合って登る老夫婦、ショートカットの若い女の子、体育会系のお兄さん、小屋や温泉の人たちなど。気があう人もいれば、ちょっと苦手な人もいる。互いに励まし合い、普段なら気づきもしない小さな配慮を感じ、そして話しながら互いの人生を少しだけ共有してまた別れます。二度と会わない人も多いし、縁があってまた会う人もいます。特別な空間での一度だけの出会いですが、互いの人生の大切な1ピースになる感じが読んでいて心地よいところです。

それから蓄積していく疲労と、歩きながら自分の内面と向き合って考える時間、そして全部を吹っ飛ばすような温泉と食事の描写が淡々と、しかしリアルに描写されているのも良い感じです。北村薫の文章はとても柔らかい。

 

 

私が読みたかった登山のすがすがしさがまさにこの1冊でぴったり収まった、そんな作品でした。

 

 

最後に好きな一節を紹介して終わります。

四時半、起床。

有り難いことに、身体が少し軽くなっている。ゆるゆると支度する。

雨もあがって、よく晴れた。五時過ぎから待ち、御来光を見る。雲海の向こう、山の線の黒い彼方から金色の日が昇る。

息を呑むような朝焼けだ。 東の天の裾がぐんぐんと茜色に染まり出し、遠い富士までも、青黒く浮き立たせる。振り向けば、一日の初めの光に照らされ、凹凸をはっきりと見せる穂高連峰。山々の頭の辺りが輝き、肩から下が、こちらのこちらの山々の影になっている。その明るい部分が、日が昇るにつれ劇的に広がっていく。

 

本当に柔らかくて綺麗な文章です。

 

 

前置きが長い割にろくすっぽ感想書いてないな...…