『刺青・秘密』 感想
その女の足は、彼に取っては貴き肉の宝玉であった。
拇指から起って小指に終る繊細な五本の指の整い方、絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のような踵のまる味、清冽な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢。
高校の国語の先生が好きでした。
若い男性で、浅黒い肌に短い髪。顔は濃いけど結構かっこよくて、修学旅行にいかついサングラスを持参してきたときはバッチリ似合っていました。
まあ顔はどうでもよくて、先生の魅力は授業中にぶち込んでくる下ネタ解説です。
・「恋と愛の違いは勃つか勃たないかなんだ!」という持論を授業中にぶちまける。
・「走れメロス」で全裸で抱き合う最後の場面を熱烈に解説する。
・とある小説の「頭の中で何かがはじけた」というフレーズを読んで「これは明らかに性的に絶頂している」と強調する。
などなど。
「まじめに授業やってほしい」と怒る生徒も当然いましたが、基本的には「面白い先生!」という評判でした。私も後者で、煙に巻くような突飛で下品な解説を先生がニヤニヤしつつ、しかし朗々と筋道だてて話しているのを聞くのが好きでした。
で、そんな先生が生徒達にオススメしていたのが田山花袋の「蒲団」、そして谷崎潤一郎の「刺青」でした。めっっちゃエロいから一度は読め!と。
そんな昔のことを思い出しつつ買ってきました。
今回も前置きが長くなった...
『刺青・秘密』は短編集です。
収録作は
「刺青」
「少年」
「幇間」
「秘密」
「異端者の悲しみ」
「二人の稚児」
「母を恋うる記」
まあ内容は説明しないでも想像がつく通り、だいたいどれもエロいです。それもしっぽりエロいというよりはどぎついエロ。先生がいかにも好きそうだなーという感じ。つまり、フェチシズムです。
明治大正にもこんなにマニアックな性癖が存在してたんですね。
以下各短編の感想。
「刺青」
凄腕入れ墨師の清吉はS気質。刺青を入れて痛がる客の姿を見るのが楽しくてたまらない性格です。そんな彼の夢は美女の肌に全身全霊をかけて刺青を彫ること。そんなある日まさに追い求めていた女性がやってきて……
これを読むために買ったようなものです。
脚フェチ、昏睡、刺青、立場逆転。たった10ページでこんなにフェチ属性を盛るのかという感じ。そして10ページでしっかりエロい。背徳的な喜び、色っぽい空気感。なるほど先生が薦めるのもわかります。
「少年」
10歳の「私」は仙吉、信一、光子と遊ぶように。泥棒ごっこ、狐に化かされごっこなどをやっているうちにだんだんプレイはエスカレートしてきて……
個人的にはこっちの方がエロかったです。子供ならではの分別のつかなさが招く際限の無い変態プレイ。いやらしい。
泥棒ごっこで縛っているうちはかわいいものですが、狐に化かされごっこで光子の唾をおいしい飲み物だと思って飲むあたりから「こいつは相当やばいぞ」感が出てきます。
そして最後のプレイが……正直割と興奮しました。(告白)(唐突)(恍惚)
まあ冗談で、そういうプレイをしたいとは思わないですが、それでも小説の空気感に結構心を揺さぶられました。
「幇間」
ひょうきん者の三平は愛嬌があり、人に笑われるのが大好き。まさに天性の芸者といったところです。笑ってもらえるためには催眠術にかかったフリだってします。
彼は好意を寄せている梅ちゃんという女性と、ある夜二人きりに。
そして始まったのは、催眠術プレイ。
これまたマニアックな性癖をぶちこんできました。
「催眠術にかかって卑猥なことをさせられるプレイ」でも充分アレな感じですが、これはさらにその上で「催眠術にかかったフリをして命令されるがままに自ら卑猥なことをしてしまうプレイ」です。ややこしい。
エロの世界は広い。
でも若干気持ちがわかってしまう自分がいる……
「秘密」
女装趣味を持つ「私」は映画館でかつて旅先で関係を持った女性と再会する。そして互いに素性を明かさぬまま再び関係を持つことに。彼女の家に行く際は常に目隠しをして車に乗せられるし、部屋を見ても家柄が推察できない。彼女の謎めいた魅力に惚れ込んだ「私」だが、次第にどうしても彼女の素性を知りたくなり......
これは前までの作品とは変わってしっとりしたエロさを感じます。そしてこの不思議な妖艶さの重要なファクターである素性の「秘密」をどうしても知りたくなる気持ちもまた共感するところ。
「異端者の悲しみ」
貧乏長屋に4人で暮らす一家。父は何の工夫もなく事業を失敗し、母は愚痴っぽいばかりでろくに炊事もしない。妹は病気でずっと寝ているが口だけは達者。主人公で長男の章三郎はそんな家族を馬鹿にしているが、彼自身も借りた金は返さないうえにアル中だった。
序盤「こんどはどんな性倒錯かな...?」とわくわくしながら読んでいたのに最後まで貧乏ゆえに性格も悪く負のスパイラルを抜け出せない哀れな家族の話が続いて悲しい気持ちになった……エロいことを期待して読んだのにこの気持ち……なんかごめん……いや若干エロいんだけどさ。
「二人の稚児」
千手丸と瑠璃光丸はともに物心つかないころから女人禁制の比叡山の寺に預けられて育った。女性は悪魔、蛇より恐ろしい、幻を見せるなどと教えられて育った彼らだが、思春期になり女性への興味を抑えきれなくなってくる。ある日千手丸は「半日だけ山を下りて浮世と女性を見てくる」と言ってこっそり抜けだし、そして帰ってこない……
思春期男子特有のピュアな性欲とそれに対する葛藤がありありと描かれていてかわいらしい。「刺青」や「少年」でねじれたエロに染まった心にこれは眩しいぞ……
「母を恋うる記」
「私」は街道をひたすら歩いている。そして眼前に美しい後ろ姿の女性が三味線を弾きながら歩いている。「私」はすこしずつ彼女に追いついていき……
こってりしたエロで満腹になった後のシャーベットみたいなスッと甘い作品。こういうの切なくなっちゃうからやめて……
全体的な感想としては
これが耽美派かー!ほっほー!
という感じ。意味わからんな。
言葉遣いの古さなどで没入感を多少阻害されてもなお桃色の煙がけぶるような淫靡な雰囲気に浸ることができました。さすが文豪。エロは時代をこえる。
エロ本を堂々と買えないお年頃のみなさん!これなら買っても恥ずかしくないよ!
だって文学だから!耽美派だから!別にエロい目的じゃねーし!
エロ本を堂々と買えるお年頃のみなさん!これを買ってエロの世界を開拓しましょう!
そんな感じ。
(普通にエロ本呼ばわりしてて怒られそうなので弁解しておきます……私は耽美派も谷崎潤一郎もエロ本も貶める意図はありませんのでご理解ください……)