何者にもならない小市民

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ハケンアニメ! 感想

アニメが好きなんだよね」と、彼が言った。

「どうしようもなく好きなんだから、だからもう、どうしようもないよね」

 

 

 

ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)

ハケンアニメ! (マガジンハウス文庫)

 

 

『ハケンアニメ!』 辻村深月

※途中からネタバレあり

 

 

いつもの本屋に行ってぶらぶら物色していたらこれがどーんと平積みにされていました。

マガジンハウス文庫って1回も買ったことがないのですが、辻村深月が書いたとあれば、まあ買いますよね。だって辻村深月ですから(辻村先生の本は3作しか読んだことないけど)。

めっちゃどうでもいいですが、私が今まで読んだのは『冷たい校舎の時は止まる』『名前探しの放課後』『サクラサク』です。最初に読んだのが『冷たい校舎~』なのでいまだに辻村先生といえばホラーテイストというイメージを持ってしまっています。

 

 

この作品はアニメ制作に関わる人たちの熱い心と仕事ぶりを描いた群像劇。

600ページ超えの長作ですが、わりとすいすい読んでいきました。

 

内容は5部構成。最後の章は文庫版特別編というおまけ、4章もエピローグ的な短い章なので、実質3章で構成されているといった感じです。

各章では2人の男女がペアになってそれぞれのプロジェクトに精一杯取り組んでいきます。それぞれのペアが互いを信頼し、だんだん惹かれあいながら問題に立ち向かっていくのがキュンキュンします。

 

 

第1章は天才イケメンアニメ監督王子千晴とプロデューサーの有科香屋子のコンビ。

王子は残酷さを孕んだ結末で伝説となった魔法少女アニメ「光のヨスガ」、通称「ヨスガ」で一躍有名になった天才監督。顔はイケメン、性格はわがまま。こだわりが強い一方で何かあるとすぐに投げ出してしまうことが多く、そのリスクを嫌う各会社から仕事のオファーがなかなか来ないという有様。

一方有科はまさに「ヨスガ」を観て王子と仕事をしたい一心でアニメ業界に入った女性。

有科が王子を口説き落としてタッグを組み、9年ぶりに監督を務めるのが「運命戦線リデルライト」、すなわち「リデル」

有科はこの作品を今期の覇権アニメにしようと意気込んでいたが、またも途中で王子が失踪してしまい......。

 

第2章は女性監督斎藤瞳と行城プロデューサーのコンビ。勉強漬けの日々にふと観たアニメの魅力に引き込まれてアニメの世界に飛び込んだ瞳が行城とともに『サバク』を制作していきます。

 

第3章は原画マン並澤和奈と体育会系な公務員、宗森修平のコンビ。聖地巡礼のコラボを成功させるために宗森は不器用ながら力を尽くします。最初は嫌々付き合っていた和奈も、次第にその熱意に気づき……

 

 

※※※ここからネタバレ含む感想※※※

 

 

第1章

有科さんが王子失踪の尻拭いで謝りにまわるシーンから始まるわけですね。いきなり胸が痛い。自分から悪いニュースを報告して叱られにいく時の心境、痛いほどよくわかります。

私なんかはギリギリまでごまかして、最後にごめんなさいーってしてしまいたくなるタイプです。一番駄目なタイプ。

 

本当はさっさと監督を見限るべきなんですね。王子のこだわりのために声優起用で揉める、シナリオ委託でも揉める。主題歌でも揉める。あげく自分で書くといったシナリオが行き詰まって失踪。並大抵のことでは取り返しのつかない激ヤバ事態です。

それでも有科さんは、作品のクオリティにこだわる王子の必要性を訴えて、王子の失踪で迷惑がかかった関係先に謝罪行脚をするわけです。だってプロデューサーだから。あの王子監督のためなら何でも力になるのがプロデューサーだから。

 

プロジェクトの都合上もう待てない、監督を替えようというギリギリのところで、ついに王子が帰ってきます。しかも全部のシナリオ、絵コンテを書き終えて。なんちゅーキザな登場でしょうか。そりゃ殴りますよ、当然グーで。

しかもハワイで気分転換してたとか言われたらぶち切れモンです。

 

が、後から王子の苦悩の一端が明かされますね。本当はずっと家で机にかじりついて絵コンテを描いていた、と。ハワイに行ってたというのはカッコつけて言った嘘だと。

 

--できるかどうかなんていつもわかんないよ。昔できたからって、今回で躓かない保証なんて誰もしてくれないんだから-- 

 

この言葉が期待される身のつらさをよく表しています。良い仕事をするたびに周囲の期待は加速度的に上がっていきます。本人の実力を大幅に超えて、本人の苦しみを知らないで。

まして王子のような「天才」には、期待はさらに身勝手になります。

「『ファンの期待を超えること』が期待される」みたいな。

そして一度その期待に背こうものならその分の失望もまた大きくなりますね。身勝手な期待をした人間に勝手に失望されるのが天才と呼ばれる人間の苦悩です。

 

かなり話逸れますが、「けものフレンズ」のたつき監督はこの先たいへんそうですよね。あれだけネット上で「たつき監督すごい」「たつき監督じゃなきゃ駄目だ」って言われて次の作品で監督をやるプレッシャーは相当だと思います。

 

話戻します。

 

作中に出てくる『運命戦線リデルライト』のストーリーも話が進むとともに明らかになってくるわけですが、これ凄く面白そうです。

-生きろ。君を絶望させられるのは、世界で君ひとりだけ

ばりばり痺れますねこの台詞。

絶望しない限り負けじゃない。綺麗に散ってお涙頂戴なんでまっぴらだという感じ。泥水をすすってでも...っていうとポプテピピックみたいでアレですけど、まあとにかくかっこいい生き方なんてどんな人でもできないわけで、それこそ机にかじりついて、苦悩しながらやっていくしかないということを思いしらされます。

 

最後、王子の告白の不器用でかっこつけた感じがまた彼らしいです。からかわれてると思っちゃう香屋子の鈍さもまた彼女らしい。お似合いの二人です。

 

 

2章は瞳と行城さんのコンビ。

いやー行城さんのキャラは私ドストライクです。大人で、落ち着いていて、仕事人で、少し皮肉屋で、でもハートはしっかり持っている。最高じゃないですか?ついでに口ひげが整ってたりすると完璧。

 

こちらは『サバク』の制作現場ですね。1章とやや違い、焦点が当たるのは監督というよりはその周りでしょうか。1章でもアニメーターさんの話やフィギュア製作の打ち合わせなどの話が出てきますけど、わりとさらっと流れていったイメージ。

2章は声優、原画との危うい交渉が結構描かれますね。特に声優の世界はたいへんそうです。競争は激しく、ファンに求められるのは声だけではないし、事務所の事情もそこかしこで絡んでくる世界。アニメが好きっていう気持ちだけで回る世界じゃないわけですが、それぞれに事情はあれどやっぱり皆真摯にアニメが好きなんですね。

--アニメ、好きですよ。監督と、たぶん一緒。大好きです--

葵のこのシンプルな台詞が良い。

 

2章の最後、太陽君がサバクのおもちゃを持って通り過ぎる場面。監督、プロデューサー、原画、声優、全ての人の渾身の「好き」と「伝えたい」が詰まったアニメが新しいアニメファンを生み出しました。アニメが新しい世代に伝わっていく、その一役を担う。これほど素晴らしいことがあるでしょうか。泣けますねえ。

 

どうでもいいですが、煙草を吸う声優は実際多いんでしょうか。以前某声優さんが喫煙をスクープされていましたが......

個人的には良い声を出せるなら煙草だろうが酒焼けだろうが自由にしていいのではと思っています。

 

第3章は神原画マン和奈と熱血公務員宗森くんのコンビ。

この章が一番読んでて感情移入できる章でした。なぜならアニメ制作の現場のことはよく知らなくても、アニメに興味が無い人とアニメ好きな人との溝は実感を伴って知っているから。私たちがアニメをどう観て何を感じているのかは彼らにとって何の興味も無く、「なんかオタクが萌えてんだ、きも」ぐらいに思われていることを言動の端々から感じることを私たちは体験したことがあります。

前半、和奈が宗森や地元の人に対して感じる溝はまさにそれですね。

 

ところが熱血公務員宗森くんは思った以上にできた人です。オタク文化を知りはしませんが、リスペクトは持っています。「サバク」も素直に面白いと言ってくれます。聖地巡礼のコツもわからないなりに工夫を提案しますし、体も動かしてくれます。

アニメに詳しくなくても、アニメを成功に導くために力を尽くすことができる、というかアニメが成功するのはそういう人の惜しみない協力があってこそなんでしょうね。

 

 

中盤、副理事長が登場しますね。権力があり、アニメに理解があり、あっさり議会で話をまとめてきます。この都合の良すぎるキャラの存在が、逆説的にアニメコラボの難しさを表している感じがします。

こんな現実離れした人でもいなければそうそう簡単にはイベントが成功しないってことですし、現実に爆死したコラボイベントは数多くありますし。

 

最後の場面もこれまでの章のラストと同様に、関わった多くの人の渾身の「好き」が詰まった作品が文字通りファンに向かって漕ぎだしていくシーンが描かれました。

本作品を通じて表現されてきた愛が形になる瞬間の素晴らしさをここでもきっちり出して綺麗に締めた感じです。

 

 

 

だらだら感想かくうちに長くなったし何言いたいかわからなくなっちゃいましたが、とりあえずそんな感じ。良い作品でした。