何者にもならない小市民

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『medium 霊媒探偵城塚翡翠』 感想(ネタバレ有)

翡翠さんは、霊媒です」

不思議そうにこちらを見ている翠の瞳を見返して、香月は続けた。

霊媒というのは、生者と死者を媒介する存在です。だとしたら、僕はあなたの力を、論理を用いて現実へと媒介する、お手伝いをしましょう」

 

medium 霊媒探偵城塚翡翠

medium 霊媒探偵城塚翡翠

 

 本屋大賞にノミネートされている相沢沙呼のミステリです。

私は普段は単行本は買わない(お金とスペースがない)のですが、応援する相沢沙呼先生の作品が話題となれば買わないわけにはいかないでしょう!!ということで買って参りました。ちなみにサイン本です。やったね。

今回はいったいどんなふとももが……じゅるり……

まだもうしばらくはネタバレなしで書きますね。

 

あらすじ

推理作家として難事件を解決してきた香月史郎。なじみの刑事に頼まれて知恵を貸すこともしばしば。そんなある日、後輩の憑きもの相談の付き添いとして訪れた先で霊媒師である城塚翡翠と出会い、そして後日、共に翡翠の依頼者が殺された現場に出くわしてしまう。

推理力はあるが手がかりがない事件を解決できない香月、一方死者の断末魔の叫びを聞いたり霊視をしたりといった重大な手がかりを得ることができるが証拠にはならないし信じてくれる人もいない翡翠

被害者の死の兆候も感じ取りつつ、そして死者の声も聞こえるというのにそれが何の力にもならないことに嘆き自分を責める翡翠に対して香月が言ったのが冒頭のセリフです。翡翠の霊視したシーンや死者の言葉をもとに香月が論理的な推理を組み立て、逆算的に証拠を探し出して犯人を特定するという構図で二人は協力して事件を解決していく。

「たとえ無意味に思えることであっても、それらを組み合わせて、推理をしてください。あの時のわたしと違うのは、今は先生がいるということです」

香月は、必死に訴える翡翠の眼を見た。

それは喩えるのなら後悔と恐怖を宿しながらも、それでもと一歩を踏み込んで、真実に挑もうとする者の眼差しに見えた。

「死者の提示する謎を、先生が解き明かしてください――」

こうしていくつかの事件を解決していく2人だったが、翡翠にはある予感がつきまとっているのだった……

「先生――わたしはたぶん、普通の死を迎えることができないのだと思います」

それはどういいう意味なのか、と香月は訊いた。

「予感がするのです。この呪われた血のせいなのかもしれません。妨げようのない死が、すぐそこまでこの身に近づいているのを感じるのです」

翠に瞳を伏せて、霊媒の娘はそう言った。

その華奢な肩が恐怖に耐え忍ぶように震えているのを、香月は見た。

 

これまたいわゆる特殊設定ミステリってやつ。

そしてそれに相沢沙呼らしく自分の無力感に悩みながらも前に踏み出す勇気を出すといった要素を加え、特殊設定とトリックをただの推理小説としてのピースに留めずに登場人物の葛藤と成長に繋がるものとして工夫しているところに今までの特殊設定ミステリにないものを感じさせて頂きました。

私はこれを文庫になる前に買って読んだ自分の判断をここ数年で最もグッジョブだったと自信を持って言えます。

さあ未読のみなさん、ネタバレを踏むまえにぜひ読んでください。ぜひ!いつ巷でネタバレを踏むかわからないから!

 

 

感想

ここからネタバレです

よろしいでしょう。では、解決編です

いやこれ最終章で完全にやられました!

香月が怪しいのは感じていました。女子高生連続絞殺事件で犯人の子が

あなたなら、わかってくれるかなって、そう思って

と言って「え?」って思っていたところで、最終章でいきなり別荘に翡翠を連れて行こうとするんですもん。まさか……本当に香月が……?と頭が混乱しながら読み進めているところで、翡翠の様子がおかしい。私も(降霊している……?)と思っちゃいました。そしたら!そしたらこれよ!

わたしが、ほんものの霊媒だって、ずっと信じていらしたんですか――?

これには私も黒崎一護ばりの「なん、だと……!?」を呟いてしまいました。

この直前に読んだのが『屍人荘の殺人』だということもあってか特殊設定として本当に霊視しているということには全く疑いを持っていませんでしたから。

あとはもう香月と同じように彼女のなすがままに種明かしに聞き惚れるのみ。作者としてはここでページを戻って前の3話の推理を読者自身でやりなおしてほしかったのかもと思いましたが、あまりの衝撃の強さにそんなことをする気力もほとんど湧かず。ページは戻さずに事件を思い返しながら「いや、だって霊視なしでなんて無理じゃん……?」という思いで降参しながらページを進めていきました。

 

まったく、本当に、拍手するしかない構図の反転。「すべてが、伏線。」という強烈な煽り帯も納得です。最近の特殊設定ミステリ流行というのも罠。相沢沙呼がこれまで書いてきたミステリの登場人物たちがみな脆くて柔らかくて温かいハートを持っているというのも罠。香月が怪しいと思わせてそれ以上の構図の反転に考えが及ばないようにするというのも奇術的な発想の罠です。

そこまで利用するか……という感じで本当に相沢沙呼先生に手品の神髄をみせていただいたように思いました。

よく心得た奇術師は、空の手を示しながら『なにも持っていません』とは言わないものです。たださり気なく、しかし印象に残るように空の手を示すだけ。

いや、本当にその通りでした。身をもって勉強になりました。

わたしたちの日常に、探偵はいません。率先して、あれは不思議だ、これを考えるべきだ、そこが怪しいのだと、丁寧に教えてくれる人はどこにもいない。わたしたちは、自分たちの日常の中で、なにを考えるべきなのか、何を不思議がるべきなのか、自分自身の目で見定めなくてはならないんです。

はい.....精進が足りませんでした。私も日常の謎が好きで北村薫米澤穂信や、大崎梢似鳥鶏初野晴三上延を読み(もちろん相沢沙呼もたくさん読んだ)、「新本格もいいけどやっぱり日常の謎でしょ!」という立場にあるのですが、謎を謎と気づけないようではまだまだ甘いなあと思わされました。今回本当に「霊媒だなんて不思議で便利だなあ」とぽけーっと読んでいましたよ……

本当にもう何から何まで全部やられたっていう感じで、読み終わって茫然でした。

 

この作品、続編はあるんでしょうか?最後の締め方からして続編も可能な形で終わらせているように感じました。とはいえかなり難しそうですよね。霊媒といいつつ霊媒じゃないということが明らかになってしまいましたからね。でもまだ、実は本当に霊媒で今回は犯人を絶望させるためにわざと推理を逆算したという可能性が残っている、かもしれない。

 

続編の有無はともかく、相沢沙呼先生にしか書けない、本当に素晴らしい一冊でした。

 次は『小説の神様』の映画で相沢沙呼先生を堪能することになるでしょうか。それともその前にまた素晴らしい小説が出るでしょうか。なんにしても次も楽しみです。

 

そんな感じ。

みんなも相沢沙呼をたくさん読もう!

 

あ、映画『小説の神様』のtwitterアカウント貼っておきますね。

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