『神々の山嶺』1~5巻(完)感想
.この数日後そのカメラをめぐって深町はひとりの男と出会うことになる。
孤高のクライマー羽生丈二ーー登山界の一匹狼として名を馳せヒマラヤで消息を断った修羅の男との出会いである。
神々の山嶺 文庫版 コミック 全5巻完結セット (集英社文庫―コミック版)
- 作者: 谷口ジロー,夢枕獏
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/02/01
- メディア: 文庫
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エベレスト単独無酸素登頂に狂気とも言えるような情熱を傾ける男羽生丈二とその生き様に魅せられて彼を追うカメラマン深町の話です。
原作の夢枕獏といえば『陰陽師』が有名ですね。読んだことないですが。
前提知識
この本では有名な歴史上のある出来事と現在まで残る謎が前提となっています。
それは「そこに山があるから」の名言で有名な登山家マロリーによる史上初のエベレスト登頂の謎です。
ジョージ・マロリー - Wikipedia ←ここに詳しい。
簡単に書くと次のような感じです。
1924年、各国が世界初のエベレスト登頂という栄誉に国家の威信を賭けていた時代。
イギリス隊がそのチャンスを掴んだ。
イギリスの登山隊は標高7000m付近にキャンプを設営し、そこからマロリーとアーヴィンの2名が登頂を目指してアタックを開始した。
彼のポケットには山頂に飾るべく妻の写真、バッグには山頂での記念撮影のために当時最新のカメラがあった。
(↑マロリー)
2人が頂上まであと約250mというところまではキャンプにいる他の隊員によって目撃されていた(NHKの「映像の世紀プレミアム」第7回にその映像が紹介されている)。
しかしそこで雲に遮られ、姿はみえなくなる。
そしてそのまま2人は帰ってこなかった……
1999年になって滑落死したマロリーの遺体が発見される。
写真はなくなっていた。山頂に置いてきたのかもしれないし、滑落の際に落としたのかもしれない。(ちなみに山頂で写真は発見されていない)
決定的な証拠となり得るのはカメラだったが、これもなぜかマロリーの持ち物から無くなっていた。
現在に至るまでカメラは発見されておらず、彼らが初登頂に成功したかどうかは謎のままである……
と、まあこんな感じ。
要するにマロリーたち2人がエベレスト初登頂を果たしたのか否かは今もって謎のままなんですね。
ここまでが歴史上の史実です。
あらすじ
そして本作『神々の山嶺』の舞台は1993年。まだマロリーの遺体が発見される前ですね。
主人公の深町はカメラマンとして登山隊に同伴するためネパールの首都カトマンズに居た。何気なく入った古道具屋で目についたのは1機の古いカメラ。
思わず買ったそのカメラについて調査したところ、わかったことがある。
1つ目は、このカメラは.マロリーが持っていたカメラと同じ機種である!ということ。
2つ目は、このカメラがビカール・サンと呼ばれる孤高の登山家、羽生丈二が持っていたものであるということ。
羽生丈二という男はネパールで何をしているのか?いったいどこでこのカメラを手に入れたのか?フィルムは?何が映っていた?マロリーは登頂に成功したのか?
彼の生涯とカメラの中身に興味を持った深町は彼の半生について調べ始める。
調査を続けるうちに明らかになる羽生の山への情熱。そして深町は、羽生が空前絶後のエベレスト南西壁冬期無酸素単独登頂を計画していることを突き止め、羽生を追いかけてネパールへ渡る!
感想
いやーシンプルにアツいストーリーが良いですねー。
面倒な男女関係が絡むとかもないし(あるけど)、嫉妬とか謀略とかメンヘラとか不要な自問自答とかもない。
とにかく誰も成し遂げていないことに挑戦することへの身を焦がすような情熱、山の厳しさと勇壮さを前面に押し出した点が私の心をグッと掴みました。
死者を出し失敗に終わったエベレスト挑戦で気力を失っていた深町。そんな深町が羽生を調査し彼の内部にある猛り狂うような挑戦心に踏み込んでいくうちに深町自身がそのマインドを植え付けられ、やがて生きる活力を見いだしていく姿が読者の心にもアツい気持ちを呼び起こします。
羽生は寡黙ですが、その数少ない言葉からは火傷しそうなほどの熱い想いが伝わります。
なにかをしていないと自分が壊れてしまいそうだった
だからがむしゃらに山を登った
一度山で岩の壁に張り付いたら そこであれを味わったら
日常なんてぬるま湯みたいなもんだ
この後に深町は羽生の後を追って登りながら生きる意味を見いだしかける。
何故おれは上にゆこうとしているのだろう
こんな思いをしてまで
山に行けば生き甲斐でも見つかると思ったか
見つかりはしない
あるとすれば、それは自分の内部にある
たぶん……それは
自分の内部に眠っている鉱脈を捜しに行くようなものだ
その後も羽生を追いながら決死の登山撮影を務め、そして山を下りてきて東京に戻った深町には羽生から受け継いだ抑えきれない炎が燃え上がります。
なにかが足りないのだ
(中略)
時間が過ぎてゆく__薄い時間だ
濃い時間を自分はもう知ってしまった
あの骨の軋むような時間
ここには吹雪も血まで凍りつくような寒さもない
(中略)
満たされない飢えを持った獣
それが深町の内部に潜んでいた
羽生丈二という獣が__
こんな感じでとにかく自分を限界まで追い詰めて山に登る事への抗いがたい魅力と脈動する筋肉と活力が羽生丈二から深町を通して読者にもドバドバ流れ込んでくるのが楽しい。
その他にも山の勇壮さを表現した文章も詩的で美しいですし、食事風景なんかも登山家の生き方の究極という感じでかっこいい。
たとえば
成層圏の風を岩が呼吸している
雪が凍てついた大気の中で時間を噛む
(中略)
ただひとりこの高度の清冽な大気を呼吸していると自然に感情が希薄になっていくような気がする
とかね。
登山の知識は全くなくてもとにかくアツい気持ちになれて活力が湧いてくる作品でした!
ちなみにこれを読んでガチの登山をやりたくなるかというと、私はそうはならない。
雪崩とか高山病とか落石とかで死にかける(というか死ぬ)描写がめちゃめちゃ多くてヒョエーってなるので。
頻繁に幻覚や幻聴が来るのも怖すぎるし、あっさり指が壊死するのもヤバい。下山したらこの指切るんだろーなーとわりと簡単に受け入れてるのもビビる。
そんな感じ。
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