『真実の10メートル手前』 感想
私は気づいた。あらゆるものの影がくっきりとする夏の日差しの下、太刀洗の顔色に赤みがさしている。それは、一日中太陽に炙られたゆえの日焼けだっただろうか?
米澤穂信の文庫最新作です。
大ファンですから、買ってきました。
『さよなら妖精』に続く「ベルーフシリーズ」2作目というのが正しいでしょうか。
『さよなら妖精』はもともと「古典部シリーズ(氷菓シリーズ)」として予定されていたプロットを練り直したものらしいので古典部ファンも興味があったら読んでみるといいかもしれません。
えるたそ~とどことなく似たようなキャラも出てきます。
本作は『さよなら妖精』から約15年後、主要キャラの1人である太刀洗万智が記者として様々な謎に挑む短編集。
『さよなら妖精』とは繋がりが薄いので読んでいなくても本作を読むのに問題は無いと思います。
ですが、もちろん読んでおいた方が楽しめます。
いくつかの短編で『さよなら妖精』を思い出させる描写がありますので。
本作もやはり米澤穂信らしい後味の悪い作品でした。もちろん良い意味で!
高身長に切れ長の目、ほっそりした顎。あまり笑わない。太刀洗万智はよく言えば怜悧、悪く言えば冷ややかな印象を持った女性です。
『さよなら妖精』では高校生でしたがそのときから鋭い洞察力を持っていました。
そして15年後、彼女は記者になっています。
記者は「真実を伝える」といえば聞こえは良いですが、人の不幸を飯のタネにしているとか、都合の良い真実しか伝えないという誹りも受ける仕事。
彼女もそれを自覚した上で、しかし彼女なりの信念と誇りを持って伝えるべき真実に踏み込んでいきます。
どれも鋭い短編ですが、個人的に印象が強いのは「ナイフを失われた思い出の中に」
ロジックも唸らされましたし、何より記者という仕事の正当性を問い詰められた太刀洗万智が彼女なりの記者の存在意義を示した態度に胸を打たれます。
無愛想な彼女がうちに秘めていた豊かな感性が垣間見えた瞬間が愛おしい。
次作の彼女の活躍も応援したくなります。
古典部シリーズの折木奉太郎も灰色に見えて実は責任感と思いやりにあふれていますよね。
氷菓の謎を解いたり伊原のチョコの謎を解いたりするのは別に「やらなくてもいいこと」なんですが、彼の感性が推理しないことを許しません。
そういう内面を知って
「やるじゃんホータロー!君は充分に薔薇色さ!」
と思った方は本作にも凄く魅力を感じるんじゃないでしょうか。
続編『王とサーカス』もたぶん近いうちに文庫になると思います。
楽しみです。
そんな感じ。
追記:
書こうと思って忘れてたんですが、太刀洗の勤務していた雑誌は「深層」ですね。
で、「深層」は古典部シリーズ『二人の距離の概算』にもちらっと登場しています。
2つのシリーズは共通の世界観を持っていたんですね。
私こういう別シリーズが同じ世界観を持つの結構好きなんです。
森見登美彦とかも結構そういうのありますよね。好きです。