『緑陽のクエスタ・リリカ』 感想
まだ、自分にできることはある。
動けなくとも、剣も杖もないのだとしても。
考えるのだ。彼方の深淵を覗き込むように、最後まで。終わりまで。
それこそが魔術師の真の杖だ。
いつかの記事でもちょろっと書いたような気がしますが、米澤穂信と並んで私が敬愛する作家がこの相沢沙呼。
弱い気持ちを振り絞って前へ進む勇気と、すべすべした女性のふとももを繊細に描写することに命をかけているミステリ作家です。
そしてこの『緑陽のクエスタ・リリカ』はそんなミステリ作家の相沢沙呼がライトノベルに挑戦した貴重な作品。
分類はハイ・ファンタジーというんでしょうか、中世ヨーロッパを舞台に剣と魔法が飛び交い知恵と勇気が道を切り拓く、王道で濃密なファンタジーです。
SAOとかの最近の異世界転移モノとは違い私たちの住む世界の価値観を持っている人はいません。
主人公を含め、基本的には全員中世の価値観を持っています。強い者が正義というのは世の常だし、エルフやゴブリンは人間より下等だし、公平な司法などありません。
神の名の下にエルフが迫害され、金のない人間には誰も味方につかない世界。理不尽がはびこる世界。
その中で主人公は理不尽への抵抗を忘れません。
あらすじ
主人公ジゼルはこれといった取り柄の無い青年。魔術師を目指して学院に入学したものの落第を繰り返し、ついに自主退学を決意した、というところから話は始まります。
落第ばかりで卒業できないんだから退学が最善、とはいえ退学したら寮を出なければいけないし食事にはありつけないし、何とか自力で金を稼ぐ必要がある......そこでジゼルはほんの少しできる剣術と下手なりの魔術の技量を活かして冒険者になろうと決めます。
早速仕事を求めて最も多くの冒険者と依頼が集まる酒場「金獅子亭」に行くものの、そこにいる冒険者達に冒険者舐めんな!とばかりにボコボコにされる始末。自分の力不足を思い知らされるハメに。
帰るか……という時に現れたのは半エルフの少女。人捜しの依頼をしたかったらしいが金が無く、やはり叩き出されてきます。
彼女をほっておけなかったジゼルは格安でその人捜しの依頼を受け、ついに冒険者として最初の一歩を踏み出します。
そんな人捜しの途中、ジゼルは凄腕の黒髪美少女がさらに凄腕の謎の魔術を操る女と戦闘しているのを目撃。思わず黒髪美少女の救出に向かう。
弱いジゼルは助けたのか助けられたのかよくわからないものの、とりあえず2人は脱出に成功。そしてなんやかんやアルミラージと名乗る黒髪の美少女と行動を共にすることに。
行動するうちにジゼルの請け負った人捜し、アルミラージを殺そうとした謎の女、そして王都を騒がせている連続殺人は奇妙な繋がりをみせていき……
という感じ。
感想
これぞアドベンチャー!これぞRPG!といったまさに王道の冒険譚でした。
最近はやりの異世界モノと違い主人公ジゼルに特別秀でた能力はありません。魔術も剣も冒険者としては並み以下。性格は臆病。膂力もない。おまけに妹には頭が上がらない。
でも、持っているものもあります。
深く考える姿勢
人を助ける心
理不尽に抗う意思
この3つがあれば、充分ですね!
ジゼルはこれを頼りに粘り強く調査を続け状況を解きほぐしていきます。
ここらへんはアドベンチャー要素はもちろんミステリ的な要素もあり、さすがミステリ作家相沢沙呼という感じでした。
戦闘シーンも緊迫感充分。
精一杯の技量を発揮するジゼル、軽い身のこなしのアルミラージ、妖しい魔術、飛び交う刃がテンポ良く描かれていると思います。
その中で、どんな状況でも諦めず理不尽に抗い続けるジゼルの不屈の意志が際立っています。
臆病でも、足がすくんでも、力が及ばなくても、それでも理不尽に抗う意思は失わないジゼルがかっこいい。
お色気シーンは相沢沙呼独特の淫靡さ。
作者のふとももに対するこだわりは本作でも健在です。
特にアルミラージのピンチシーンのエロさはちょっとヤバい。
妖しい魔術で動く土人形の大群がアルミラージの顔に!腕に!
斬っても斬っても再生し、また脚に!ふとももに!そしてその奥に……!
あーー!ダメダメ!これは健全な思春期男子が読んじゃいけません!って感じ。
相沢沙呼がだいぶ性癖を拗らせてるぞってわかります。
そんな感じでミステリ作家としての相沢沙呼、ふとももフェチストとしての相沢沙呼の良さが存分に詰まった魅力的な作品でした。
ひねった設定は何一つ無くとも、王道の冒険譚をアツく、かわいく、刺激的に、感動的に書いていると思います。
ここまで絶賛しておいて残念ながら『緑陽のクエスタ・リリカ』は1巻で打ち切りとなりました。
私としてはかなり残念です。(発売から3年も経って感想を書いてる私が残念がる資格は無いですが……)
主人公像が受け入れられなかったのでしょうか。やはり時代が求めるのは強い主人公なのかもしれません。
あるいはもっとキャッチーなタイトルが必要だったのかもしれません。
売れなかったのには理由があるとは思いますが、相沢沙呼が面白いライトノベルを書けるというのは本作で示されました。
多くはなくとも、相沢沙呼のラノベを求める読者は決して少なくないと思います。
MF文庫J!電撃文庫!富士見ファンタジア文庫!他の多くのラノベレーベル!
相沢沙呼を手放してはいけません!
そんな感じ。
ここから先は雑談。
この作品では「魔術とはプログラミングである」という世界観(明示的にそうとは書かれていませんがプログラミングの専門用語がいくつか出てくる)で話が進んでいきます。
詠唱をコーディング、魔術勉強をコーディングの勉強と捉えるのは面白いですね。
こういうのはファンタジーものではよくある設定なんでしょうか?私は普段ほとんどファンタジーを読まないので知りませんでした。
魔術研究はいったいどんな研究なんでしょうか?情報工学分野の先端研究かな?それとも新しい言語をつくったりしてるんでしょうか。
あるいは便利なモジュールやパッケージを組んだりしているのかもしれません。
実際作中で「昔は一から魔術を詠唱しなければいけなかったが、今は既存の魔術を呼び出して組み合わせるだけで良いので速く詠唱できるようになった」みたいなことが書かれていたので、たぶんパッケージを作って無料公開してる人が居るんでしょう。
黒魔術はさしずめクラッキング(ハッキング)でしょうか、それともDeepLearning?
想像が膨らみますね。