何者にもならない小市民

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『帰ってきたヒトラー』 感想

ここ数十年間私の偉業を伝えるべく素人どもが苦労したようだ 

 

 

 

帰ってきたヒトラー 上下合本版 (河出文庫)

帰ってきたヒトラー 上下合本版 (河出文庫)

 

 

 お正月に本棚を整理していたら出てきた本。ついつい手に取って読み返しているうちにとうとう映画を観たくなってレンタルしました。

 

2011年にドイツで出版されるとすれすれのブラックジョークと異色の切り口で話題になり世界中で発売されたギャグ小説です。

ドイツではヒトラーを賛美するような内容の本は法律で禁止されているのですが、ここでは非常に人間的でユーモラスな存在としてヒトラーを描いているの物議をかもしたそうです。

 

あらすじ

敗戦を前に自殺したはずが何故か現代にタイムスリップしたヒトラー

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せっかく奪ったポーランドもまた奪われてるやん!ユダヤ人も根絶やしにしたのに何かきったない移民めっちゃいるし!今の首相はアホか!もっかい俺がドイツ帝国つくらなきゃ!と本気で再び世界征服を企みます。

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得意の演説をぶちかましたりするのですが周囲はめちゃくちゃ巧いモノマネ芸人だと勘違い。そりゃ本人だなんて考えませんよね。

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誤解が誤解を生みついには風刺のうまいYoutuberとしてデビューし大ヒット。一役人気者となって人々の心を掴みます。(ヒトラー本人は政治的な意味で支持を集めたと勘違いしている。)

 

その後もチャップリンの演じるヒトラーを自分の偉業を伝えるためのプロパガンダ映画と勘違いしたり、ネオナチに「ドイツを馬鹿にすんじゃねー!」とぶん殴られたりしながらもさらに人気は高騰。ついには自分を主人公にした映画を取り始めます。(本人はこれも支持を集めるためのプロパガンダ映画だと思っている。)

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そんな感じで最後までお互いに勘違いに気づかないままテレビ関係者と本人の思惑通り現代によみがえったヒトラーが人気を取り戻していくというお話。

 

 

感想

 

細かいジョークが全編にわたってちりばめられていたり、『ヒトラー最後の12日間』のパロディがあったりと終始クスクス笑いながら観ていました。

特にヒトラー本人のユーモラスさが抜群です。犬にかまれたりインターネットに感激したりする様はいたって普通のオッサン。とても稀代の独裁者にはみえません。

 

 

でも、だんだんその笑顔は引きつることになります。つまらないのではないですよ。

戦前の人たちも実際にこんな感じでいつのまにかヒトラーを支持してしまっていたんだなというのがわかってくるのです……私のように。

 

Youtubeの突撃インタビューで今の政治の不満を聞き出し、力強い言葉で私に任せろと断言する。やがて人気が出るとメディア露出を増やしてさらに支持を拡大する。

まったく正当な方法で、ヒトラーは再び支持を集めていきます。やがて一部の人が「何かおかしい」と気づいてももう遅い。大衆はそんなことに気づきません。

 

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当時を知るおばあさんのこの一言が視聴者に突き刺さります。

ごめんなさい。私も笑ってた。なんだヒトラーも普通の人じゃんって。

 

 

最後の場面ヒトラーの正体(もとから正体なんだけどね)に気づき銃を向けるプロデューサーに対してヒトラーが返す一言が重い。

ここをネタバレするとさすがにアレなんで画像はのせませんが、今までのんきに笑っていたとは思えないほど緊迫して、マ、マジかー!となりました。

もしギャグがつまらなくて途中で観たくなくなっても(そんなことはないでしょうけど)、この場面だけは見逃しては駄目ですよ。

 

 

ちょっとだけ真面目な考察

結局、ヒトラーというのは普通の人間なんです。だって犬に噛まれるし。

別に1000年に一度の天性の独裁者だったわけではありません。クーデターで首相になったわけでもありません。

上手に民衆の不満をすくい上げ、普通に選挙に出て、勝ってしまった。

当時の民主主義に基づいて正当に選ばれたリーダーなんです。

 

これを理解しないで「ヒトラーが悪かったんだ!」としか考えない人は、現代でも路地裏からひょっこり現れた第二のヒトラーに簡単に投票してしまうんだと思います。

 

私たちは「民主主義さえ機能すれば独裁者は生まれない」と考えてしまいがちですが、そうではないよ、民主主義を守ることと、大衆がしっかり政治を考えることの両方が大切なんだよ、と教えられました。

真面目な感想終わり。

 

 

 

 

この映画のうまい点はドキュメンタリーの場面があるところです。

野外ロケでは映画の撮影であることを伏せ、ヒトラーに扮した俳優が実際にドイツ中をまわって突撃取材したとか。

なんと!ヒトラー本当にドイツ国民の人気を集めます

何万回も自撮りされ、握手を求められます。

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(え?こんな堂々とこの敬礼して大丈夫?)とちょっと不安げな俳優さんが面白い

 

その中で人々は本当に風刺モノマネ芸人だと思って移民への不満を吐き出したりして、「ドイツのために!」と言いながらヒトラーとがっちり握手を交わしたりもします。

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ヒトラーが現代のドイツで支持を集めるなんて絶対起きっこないよ!という考えが覆される名場面です。

 

ロケの演技でモブの青年がヒトラーを突き飛ばしたのをきっかけに本当の暴動が起きかけ、突き飛ばした青年がボコボコにされかける場面もあったとか。

なぜかボコボコにされるのはヒトラーではなく突き飛ばした青年の方なんですね。これがびっくりです。

 

覆面したネオナチや極右政党本部にガチの突撃取材する場面もあって、本当によくこんな危ないことやったなあと感じます。最悪撃たれたりしそうで怖いですよね。

 

 

個人的名場面は

ユダヤ人のおばあさんに「おまえのせいで私の家族が全員死んだ!」と責められたヒトラーが勘違いして言ったこのセリフ。

「安心してくれ。今度こそイギリスの爆撃機を来させはしない

 

 あとは犬を殺してしまった映像が流出してバッシングの嵐になるのもメチャメチャ皮肉ですよね。犬1匹よりもっとエグい殺戮してるんですよこのオッサン......

 

 

 

ギャグとしても面白いし、政治を考えるきっかけにもなる素晴らしい作品でした。

 

 

そんな感じ。