校庭には誰もいない 感想
高校生って、世界で一番忙しいのかもしれないよ。一日に千時間あったって、きっとわたしたちにはそれでも足りない。
『校庭には誰もいない』村崎友
タイトルに惹かれて買いました。「校庭には誰もいない」、いいタイトルですね。青春学園ミステリであることがひと目でわかりますし、「誰もいない」という言葉のさみしさが学生時代に対する懐かしさとよくマッチします。
主人公の葉音梢は合唱部の二年生。2人しかいない合唱部の部員勧誘、勉強、文化祭、合唱コンクール、アルバム委員とパワフルに動き回ります。
探偵役はもう1人の合唱部で三年生の宮本耕哉。圧倒的歌唱力と推理力を持ち、梢が動き回って収集した情報をもとにひょうひょうと推理を展開します。
そしてもう一人、物語全体のキーパーソンとして登場するのは野球部の渡来くん。二年生ながらプロ注目の実力を持つ投手で、笑顔も性格もさわやかという完璧な人間は多くの人を惹きつける存在です。
この本は4つの短編にわかれており、それぞれ春夏秋冬がテーマになっています。それぞれの季節において学校は独特な雰囲気と音をもちます。この本の秀逸な点はその雰囲気と音を丁寧に表現していて、懐かしい気持ちにさせてくれるところです。
春は
「上履きのゴム底を鳴らして、誰もいない階段を駆け上がる。下ろしたばかりの上履きが、きゅっきゅっと小気味いい音を響かせる。」
「遠くの空に、春が蜃気楼みたいにぼんやりと浮かんでいた。運動部の歯切れのいい号令が、耳に心地よい。」
夏では
「校舎の周りにはなにもなく、見渡す限り、青い空が広がっていた。教室の窓から見る景色とはまるっきり違っていて、清々しい。」
などなど。
私が一番好きな描写は夏休みの図書室での以下の描写です。
「金属バットがボールを叩く鋭い打球音が、図書室の窓ガラスを突き抜けてわたしの耳に飛び込んでくる。時折聞こえてくる雷鳴にも似た怒号や喚声が、それに覆いかぶさるようにして心地よい和音を作りだしている。そして蝉の鳴き声と生徒が振るう金づちの音、ベニヤ板を切るのこぎりの音、笑いさざめきあう女子生徒たちの嬌声。夏休みの図書室がこんなに楽しい音に溢れているなんて、知らなかった。」
学校特有の音をこんなに美しく表現した小説はなかなかないんじゃないでしょうか。高校っていつも特別な音に溢れています。そしてどの音も活力を感じさせるんですよね。高校時代に戻りたくなります。
さて、内容の方を紹介しましょう。
先ほど書いた通り、この本は4つの短編からなります。それぞれの事件はこんな感じです。
・誰もいない合唱部の部屋の見学ノートに書かれたいつのまにか書かれていた名前。在校生にも卒業生にもその名前の人はいない。いったい誰?
・野球部の部室で起きた盗難事件。でも逃げ道はなかったはず?
・文化祭で上映するために撮った映画のDVDが消えた。犯人は?動機は?
・野球部の部室で今度は火事。放火したのは誰?
ざっくりいうとこんな感じです。日常の謎の王道ですね。どの短編にも高校生ならではの酸っぱいというか苦い動機が隠されています。
そして最後にはそれぞれの謎を繋ぐ真実が明らかになります。こういう最後に話が綺麗に収束していくのは気持ちがいいですね。
高校時代の酸っぱい気持ちを思い出させてくれる良作です。
7.5/10